※20200718~20200719天狗角力取山・障子ヶ岳
梅雨明けをまだかまだかと待ち望んでいた7月半ば。私にとって特別な山に登ってきました。
今回登ったのは「天狗角力取山・障子ヶ岳」です。予定では天狗角力取山から更に進んで、朝日連峰の主稜線にある狐穴小屋まで歩く予定でしたが、一緒に行った方の体力や時間を考慮し、天狗角力取山避難小屋に泊まり、障子ヶ岳に登る行程に変更しました。
障子ヶ岳と天狗角力取山は朝日連峰の主稜線からは少し外れた場所に位置し、そこまでメジャーとは言えない山ですが、私にとっては特別な山です。何が特別かと言いますと、この山は私の登山デビュー戦の舞台なのです。デビュー戦は職場の先輩2人に付き添ってもらい、今回とは反対、先に障子ヶ岳から天狗角力取山に向かう反時計回りルートで登りました。日々の生活では味わえない圧倒的な景色と達成感が強烈で、今でも昨日のことのように覚えています。(序盤から太腿を攣ってしまい、絶望感を味わったのも覚えています。)
初めて山に登った時はここまで夢中になれるとは思っていませんでした。こんなに楽しい「山」を教えてくれた先輩たちには感謝してもしきれません。
その先輩のうちの1人が、昨年亡くなりました。まだそんな年齢ではありませんでしたが、持病の悪化が原因でした。今回は一周忌に合わせて、もう1人の先輩と、亡くなった先輩と仲が良かった職場の皆で一緒に登ります。「亡くなった先輩が好きだった山に登ってみたい」という思いで、普段、山には登っていない人も来てくれました。
今回は私の大事な山に登った山行記録です。
- 思い出登山(南俣沢出合→天狗角力取山)
- 予定変更(天狗角力取山→天狗角力取山避難小屋→障子ヶ岳)
- 来た道を戻る(障子ヶ岳→天狗角力取山→天狗角力取山避難小屋)
- 山の縁は広がります(天狗角力取山避難小屋)
- 2日連続(天狗角力取山避難小屋→障子ヶ岳)
- 下山は思い出の道(障子ヶ岳→南俣沢出合)
- まとめ
思い出登山(南俣沢出合→天狗角力取山)
8:20 南俣沢出合から出発です。
障子ヶ岳・天狗角力取山、どちらに登るにしても西川町大井沢から林道を進んだ南俣沢出合の駐車場から登るのが最短です。(駐車場とは言うものの、舗装されているわけではなく、少しだけ広いスペースという認識が合っているかと思います。)
今回は私に登山を教えてくれた先輩を含め、5名で隊列を組みます。
今回は狐穴小屋まで歩く計画のため、遠回りになる障子ヶ岳には寄らず、バカ平→焼峰→竜ヶ岳→粟畑を経由して天狗角力取山に向かいます。
狐穴小屋まではコースタイムで10時間ほどかかります。登山に不慣れな同行者がいる中、この行程はなかなか厳しいので、天狗角力取山に到着した時点での時刻を見て、その後の行程を判断することにします。
バカ平はその名の通り平らな道で歩きやすく、皆で亡くなった先輩との思い出話に花を咲かせながら歩を進めます。
初めての登山では下山で使った道です。走るように下山する先輩に必死についていったことが、ついこの間のことのように蘇ってきます。
10:25 水場に到着しました。
飲めないことはないですが、水量はかなり少なく、それでも飲みたい場合は辛うじて流れている川の水をすくうしかありません。
年々、水量が少なくなっているように感じるのは気のせいでしょうか。
水場の手前から登りがややきつくなりますが、立ち止まって休憩するほどではありません。ただ、梅雨明け前のためか、湿気で蒸していてかなり暑いです…
登山道には様々な花が咲いています。登山を始めて早5年、植物の名前は一向に覚えられませんが、綺麗と思う心は持ち合わせています。
パッとしない天気では、花がいつも以上に映えますね。
石畳が出てきました。(ということは焼峰、竜ヶ岳は既に通り過ぎていることになります。どちらも標柱はなく、竜ヶ岳に至っては登山道が山頂を通っていないので気付きようがありません。)
ここは濡れているとかなり滑ります。以前、ここで転倒し、左手が血だらけになったことがあるので慎重に。
ここを越えると粟畑のはずです。
12:00 粟畑に到着。
ここは障子ヶ岳から来る人との合流点となっています。駐車場から最短で障子ヶ岳に登るには反時計ルートを使うのですが、そこはなかなかの急登。のんびり登るには時計回りルートを使い、ここから障子ヶ岳を目指すのが良いと思います。
粟畑から天狗角力取山までは15分ほどです。
天狗角力取山の山頂直前には小屋への分岐があります。
予定変更(天狗角力取山→天狗角力取山避難小屋→障子ヶ岳)
12:15 天狗角力取山に到着。
山頂(※)には土俵のような裸地があり、ここで天狗が相撲(角力)を取ったという伝説があり、この山の名前の由来となっています。
初めて来た時は先輩達とここで土俵入りをした覚えがあります。(雲龍型)
※山頂が正確にはここではなく、ここから数分先に行ったところにあります。後で行きました。そのため、ここでは「登頂」という言葉は使っていません。
さて、天狗角力取山に着いたので、この後の行程について考えるわけですが、正午を回っていながら残りの行程はコースタイムで約5時間。登山に慣れていない同行者の方達は疲れてきているようで、これ以上ペースを上げることは難しそうです。もはや検討の余地なし。狐穴小屋は諦めました。
先程通過した分岐まで戻って、小屋に向かいます。
小屋は分岐から200mほどの距離を下りていきます。
12:30 天狗角力取山避難小屋に到着。
行程を変更して狐穴小屋は諦めましたが、そうなると乾杯には少し時間が早いです。小屋でダラダラ過ごすのも悪くはないですが、折角なので障子ヶ岳まで行って先輩との思い出に浸ることにしました。
同行者の方々は小屋に荷物をデポし、空身で行くようです。(1名は疲れたので小屋で寝ているとのこと)私はトレーニングも兼ねてそのまま担いでいくことにしました。
なお、ビールは近くの水場で冷やしておきます。その辺は抜かりなく。
13:15 小屋を出発です。
13:30 粟畑に戻ってきました。
ここにきて、やっとガスが晴れてきました。
高さが飛び抜けているわけではありませんが、質量感というか何というか、以東岳を見る度に「デカい!」という印象を覚えます。
粟畑から障子ヶ岳はコースタイムで1時間40分。さっと行って、さっと帰って来られそうです。
またガスが出てきて特に写真も撮っていないのでどんどん進んで、こちらは障子池です。
粟畑と障子ヶ岳の中間地点あたりに位置しています。
来た道を戻る(障子ヶ岳→天狗角力取山→天狗角力取山避難小屋)
14:35 障子ヶ岳(1,482.0m)無事登頂しました。
朝日連峰随一の岩壁と綺麗な三角形が特徴で、遠くから見ても一目で判別することが出来ます。ただ、この日は残念ながらガスに包まれていたため、その魅力をお伝えできるような写真は撮れませんでした。
しかし、この場所は最初に登った山ということでやはり特別。先輩2人におんぶにだっこで連れてきてもらったこの場所は、その後の私の人生を変えたといっても過言ではないと思っています。
小屋に着いた時は物足りないなんて思っていましたが、やはり1つピークを踏むと結構満足できるもので、ビールが恋しくなってきましたので小屋へ戻ります。
帰りはガスが晴れだしたので、景色に癒されながら歩いていきます。(頭の中の半分以上がビールだったのは内緒です。)
登ってきた障子ヶ岳方面を振り返りますが、山頂部分はまだ真っ白です。晴れているとここから正三角形のとんがり頭が拝めます。
以東岳方面は雲海になっていて幻想的な雰囲気です。
何も考えず同じような構図でシャッターを押しまくる、という私の悪い癖は良い景色を見つけた時によく出る傾向があるようです。
小屋に戻る前に、先程ピークハントしていなかった天狗角力取山に寄ることにします。
16:00 天狗角力取山(1,375m)無事登頂しました。
山頂は先程の土俵のすぐ先、5分もかかりません。
山の縁は広がります(天狗角力取山避難小屋)
16:30 避難小屋戻ってきました。
早速ビール!と行きたいところですが、小屋番さんにお金を払って、暗くなる前に荷物の整理を終わらせておきます。朝日連峰の避難小屋に宿泊する際は管理協力金として1,500円を支払います。金額はどこの小屋でも同じです。
やることを終え、満を持して乾杯です。小屋で寝ていた同行者も起こして、皆でワイワイ楽しみます。(あれだけビールと言っていたのにビールの写真がないのは、水場から持ってきて、即、飲んでしまったからです。我慢できませんでした。)
途中から、同じく小屋に泊まるという秋田・岩手から来た3人のグループも一緒に飲むことになりました。このグループの料理がすごいのなんので、品数で行ったら5~6種類でどれも山で食べられるとは思わないような手の込んだものばかり。羨望の眼差しを向けていると「どうぞ食べてください」と料理を頂けることに。余りのおいしさと、「遠慮しなくていいよ」の言葉に、図々しいとは思いながらもおかわりまで頂いて大満足の宴会でした。
県外から朝日連峰に来る登山者は主稜線(大朝日岳と以東岳を結ぶ稜線)に行くものだという勝手なイメージを持っていた私は、この山を選んだ理由が気になり聞いてみると、「大朝日岳も行ったことはあるが、もっとマイナーなところに行って、色々な朝日連峰を見てみたかった。」とのこと。県外の方をそんな気持ちにさせる山塊が地元にあることを誇らしく感じました。
お互いの県の山について情報交換をしたり、これまで行ったことのある山でどこが一番良かったかなどを話しながら、非常に美味しく楽しく有意義な時間を過ごせました。
気付けば辺りは真っ暗になっており、皆で協力して片付けを済ませ、小屋に入りました。
いつの間にか結構な量を飲んでいたようで、寝袋に入るとすぐに眠ってしまいました。
翌朝は6:00起床。太陽は既に登っていました。
2日連続(天狗角力取山避難小屋→障子ヶ岳)
ささっと朝食とパッキングを済ませ、
7:15出発です。
お世話になりました。また来ます。
小屋が徐々に小さくなっていきます。
やや雲はあるものの、昨日よりだいぶ天気は良さそうです。
昨晩までは来た道を戻ろうかと話をしていましたが、予想より天気が良さそうなので、今日も障子ヶ岳に登り、そのまま小障子→紫ナデと時計回りルートで下山しようということになりました。(昨日、小屋でダウンしていて障子ヶ岳に登っていない方もいましたので)
今日は障子ヶ岳のピラミッドが少し見えています。
ガスが抜けそうで抜けません。
ただ稜線は良い感じです。昨日、同じ道を歩いていたとは思えません。
雲の切れ間から優しい光が入ってきて、心地よい稜線歩きを演出してくれています。
写真の一番高いところが粟畑です。
粟畑から障子ヶ岳へは一度下って登り返します。
徐々に近づいてきていますが、山頂はなかなか晴れませんね。
先輩は登山初心者の同行者にストックの使い方を教えながら歩いていました。
私は亡くなった先輩に「40歳になるまではストックを使うな。自分の足を信じて鍛えろ。」という有難いお言葉をこの山で頂いておりまして、まだストックを購入したことがありません。(お言葉に従っているというか、あまり必要性を感じないのが理由ですが)
やっと山頂にかかっていた雲が抜け、三角形のカッコいい姿が目の前に現れました。
山頂まであと少し。歩いてきた稜線を振り返ります。
障子ヶ岳山頂直下のみ多少急ではありますが、アップダウンもそこまで多くなく、歩きやすい道です。
下山は思い出の道(障子ヶ岳→南俣沢出合)
9:00 障子ヶ岳(1,482.0m)無事登頂しました。(2日連続)
「標柱は昨日撮ったから今日は三角点を」とファインダーを覗いたら、消しゴムが乗っていました。正確には、消しゴムのように色を染めた小石。何故こんなものが。何のために。理由は全く不明です。昨日は気付きませんでした。
これから歩く方向です。障子ヶ岳の代名詞とも言える岩壁が見えています。この迫力を写真で伝えられるようになりたいですね。
ここからは、紫ナデまでは緩やかですが、そこからは800mほど一気に下る道となります。
この道は登りで使っても下りで使ってもそれなりに疲れます。
少し下ったところから見る障子ヶ岳。この大岩壁を登る人もいると言います。私もいつか登ってみたいです。
クライミング技術を身に着けなければ…
この辺りは登山デビュー戦で私があまりの大変さと、山頂がまだあんなに遠くにあることへの絶望感で足を止めてしまった場所です。
亡くなった先輩に渇を入れられ(後ろから尻をストックで突かれて仕方なく)歩き出しました。
あれから数年。体力的にも精神的にも山に慣れてきたせいか、急な登りでも楽しく歩けるようになった今、ふと「同じ行程をまた一緒に歩きたかったなー」なんてことを思いましたが、それ以上は悲しくなるのでやめました。
見えているのはおそらく寒河江ダムだと思います。噴水が有名で、その噴射高は日本一で高さ112mまで上がるそうです。
何故112mにしたか、以下のようなことが理由とされているようです。(HPより)
・寒河江ダムの高さ(堤高)が112m
・ダム建設のために移転した戸数が112戸
・ダムの横を走る国道(月山花笠ライン)の号数が112号
・寒河江ダムの竣工式の日時が11月2日11時20分
10:40 紫ナデ(1,349m)に到着。
景色が開けているのはここまで。名残惜しいですが、樹林帯、そして下界へと帰りましょう。
樹林帯はやはり風がなく、体感温度はかなり暑いです。
ただ、この道は常に斜面であまり平らなところがないので休憩しようと思う場所もなく、だらだらと進むしかありません。
天気は良いのが救いです。
ロープが設置されている場所が2か所あります。今日は晴れていて靴のグリップが効くので無くても行けなくはないですが、以前、雨の時に通った際はロープ様様でした。
梅雨明けはまだですが、もう夏の日差しです。
急な下りの最後は渡渉です。水量はそこまで多くないのですが、以前と岩の場所が変わっていて、渡るのに少し苦労しました。幅跳びの練習をしておけば良かったです。
13:20 下山完了です。5人で無事に帰ってくることが出来ました。
お疲れ様でした。
まとめ
今回は当初の予定を変更して、コースは異なるものの、私が登山デビューした山を歩いてきました。亡くなった先輩も、仲の良かった皆で登ったことを喜んでくれていると思います。
登山を始めたことで色々なことが変わったこの数年間でしたが、私としては良い変化だと思っています。色々な景色を見て、色々な人に会って、色々なことを感じ、以前より人生に対して積極的になれている気がします。
今回の山行を通じて、こんなに楽しい山を教えてくれた先輩2人に、しっかりと感謝を伝えていきたいと思いました。1人はもう直接は伝えられませんが、教わった「山」をこれからも続けていくことが恩返しになると信じて、これからも楽しく山に行きます。
最近は山形だけではなく県外各地の山にも足を延ばし始めていますが、初心を忘れないために、これからも定期的に訪れ、先輩に近況報告したいと思います。
ではでは、また山に行ったら更新します。